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グレオニー愛情C後
すでにアネキウスの光が減じた夜の中、空を切り裂く音が聞こえてくる。
静かな夜、城で儀礼官として(いずれは儀礼長ともなるだろう、と噂をされている。現王であるヴァイルにとっては、自分があまり重視しない部分を受けてくれる替えがたい存在というところか)勤めるレハトは、夜毎のその音を聞くたびに薄く目を開けていた。
体をそっと起こして、薄い夜着を身に着けたままで立ち上がる。
胸元を隠すためにやはり薄い織物のショールを手に、裸足のままで露台に近づいた。
そこからは城に幾つかある中庭が見下ろせる。
すぐ下、レハトが眠る塔の下、きらきらと光るものが見えた。
それが何であるか、レハトにはわかる。月の光を照り返す刃だ。
かつて自分もそれを修練の一環として握ったことがあるが、今は己の手にすることはない。
それを手にする者――自分付の衛士がいるからだ。
そう、塔の下で白刃を煌かせているのは、自分の衛士であるグレオニーに他ならない。
型どおりの美しい演舞だ。右に左に刃が流れて、そのたびに己を起こした鋭い音が聞こえた。
虫の声にかきけされそうなそれは、だがレハトには届く。
グレオニーがああしているのは、ほぼ毎夜のことだ。
日中は衛士として働き、そして自分の傍にもいてくれている。
右手に持った剣を見てレハトは祈るように指を組み合わせた。
だが、直後に刃が光り、空を切る音は止まる。かわりに、ガシャン、とそれが地に落ちた無様な音がした。
ああ、とレハトは息を吐く。
グレオニーは右腕を押さえるようにして俯いていた。おそらく震えているのだろう。
レハトを守るために矢を受けたその腕、衛士として、剣士として大事な利き腕は前のようには動かなくなっていた。それでも、あれほど動かせるようになったのは、こうして欠かさず鍛錬をして、痛んだ筋の力を取り戻させたからである。
レハトはその、わずかに見える背中に、腕に、いますぐ降りていって抱きつきたかった。
傷に接吻して涙を落とし、彼がせめて失ったものを悼みたかった。
だが、グレオニーはまた剣を拾い上げて、再び、失われた力を取り戻すための修練に戻る。
彼に必要なのは慰めではない。必要なものがあるとすれば、それは
レハトはしばらく見つめていたものの、そっと、部屋に戻ってから寝台に再び横になった。
剣の奏でる子守唄は、すぐに安らかな眠りへと誘ってくれる。
起きる頃には彼はすでに傍にいて、おはようございますと朝を伝えてくれるだろう。
グレオニーは露台にいた影が消えたのを見計らってから、ようやく上を見上げた。
そこに毎夜、己の修練を見るために現れる人のことを、もちろん彼は知っている。
己に向けられる眼差し、祈りの形に組まれた手、朝になって顔を合わせる時はそれら全てが穏やかになっていて、優しく手が腕に触れてくれる。分化を終えて花のように開いた彼女はそれから微笑む。
その日の予定をあわせ、忙しく働く中、自分を傍においてくれる。
腕の使えぬ衛士などとそしる声はもう遠く、レハトの私情が彼を繋ぎとめているだけという噂も遠い。
だがまだ隣に立てることすら出来ていない。いずれ、手を引いていくつもりなのだから。
剣を利き手ではない左でもぎこちなく持って構えた。
いずれ、夜に取るのが剣ではなく互いの手となるために。