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その日は朝から雨が降っていて、執務の合間を縫ってのたまの楽しみのはずの舟遊びはお流れになった。
それ自体は仕方のないことだと諦めがつく。
「申し訳っ、ありませんでしたっ!」
護衛であるグレオニーが平謝りを繰り返すのでなければ。
「別にいいよ、グレオニー」
「いえ、全ておれのせいですから」
「雨男だからって、そんな」
部屋の中から雨に煙る湖を眺めているのも悪くない、と切り替えたかったのに。
あんまりにも恐縮するものだから、レハトはため息をついた。
篭りの間に伸びてから切らずに、ユリリエの勧めにしたがってゆるく巻くようにした髪を少し弄る。
その髪型をグレオニーも気に入ってくれているから、しばらく変えるつもりはなかった。
「舟遊びをあれほど楽しみにしていらしたので」
「グレオニーと一緒だからね、ヴァイルも来てくれるはずだったし」
「……もうしわ」
「いいから」
ぴしゃ、と謝罪を打ち切れば、どうにもばつが悪そうな顔が見える。
レハトはそっと護衛である彼を手招きで呼び寄せて、自分の隣を叩いてみせた。
長椅子はちょっとした昼寝にも使えるくらい大きいから、大きな彼が座っても大丈夫なはず。
最初こそためらうようだったものの、指示どおりに隣に座る様子はまるで大きい犬のようだ。
故郷の村で、兎鹿たちを檻にいれるために追う役を果たしていた牧鹿犬を思い出す。
そのまま、隣の彼の腕に触った。
面白いくらいびっくりしたように目を剥くが、ぐっと堪えるのが見える。
「傷はどう? 雨の日は痛むのではなかった?」
「だっ、大丈夫、です」
「ならいいけれど。私は雨も好きだし」
「おれなんかの腕のこと、気にして……」
「なんか禁止。いいでしょう、舟遊びが流れたぶんくらいは楽しい一日にしたいの」
甘えるようにねだれば、顔をわかりやすく赤くしてからはい、と頷いた。
その彼に体重を預けるようにして、もたれかかって傷のある腕を抱きこむ。
あの日、レハトを守るために無茶をしてくれた腕は、もう片方の腕より少しだけ細い。
わがままを許してくれるように、グレオニーはしたいようにさせてくれていた。
「レハト様」
名前を呼ぶ声に目を閉じてねたふりを決め込む。寝ていないことはわかっているだろうが、グレオニーは起こそうと声をかけるような事はなく、静かにレハトを自分の腕の中に仕舞いこむように抱いた。
大きな体温に包まれると、雨にもかかわらず、まるで日溜りのようにあたたかい。
雨の音だけがしばらくの間、部屋に流れていた。